あれは念願の一人暮らしを始めて初めての夏、都内の古い木造アパートで迎えた蒸し暑い深夜のことでしたが、ようやく眠りにつこうとした私の枕元でカサリと響いたあの乾いた音を一生忘れることはできません。反射的に電気をつけた私の視界に飛び込んできたのは、壁の高い位置で静止する、あのゲジゲジみたいな虫の巨大なシルエットであり、無数の細長い脚が重力に逆らって壁に吸い付くように広がっている光景に、私は悲鳴を上げることも忘れ全身の血の気が引いていくのを感じました。当時の私は、虫といえばゴキブリくらいしか想定していませんでしたから、目の前に現れたそのエイリアンのような造形に、自分のプライベートな聖域が未知の侵略者に汚染されたという絶望感に襲われ、震える手でクローゼットから殺虫スプレーを取り出しました。しかし、いざノズルを向けた瞬間に奴は見事な加速でエアコンの隙間へと滑り込み、あとに残された私は、いつ天井から落ちてくるかわからない、あるいは寝ている間に顔の上を這われるのではないかという強迫観念に苛まれ、結局その夜は一睡もできずに朝を迎えることになったのです。翌朝、私は怒りと恐怖をバネに徹底的な調査を開始しましたが、そこで知ったのは「ゲジゲジはゴキブリを食べてくれる軍曹である」という意外な事実であり、私が戦慄したあの姿こそが、不衛生な害虫から私を守るための武装であったことを理解した瞬間、それまでの殺意は僅かながらの申し訳なさに変わっていきました。それでもなお、共生は不可能だと判断した私は、部屋のデバッグ作業を敢行し、キッチンのシンク下の配管周りにあった一センチメートルの隙間を粘土パテで埋め尽くし、さらにベランダのサッシに隙間テープを貼って外部ネットワークからの不正アクセスを物理的に遮断しました。この徹底した防除によって、あの日以来、あの脚の多い影を見ることはなくなりましたが、あの夜の遭遇は私に「清潔さとは、見えない死角を管理することである」という重い教訓を与えてくれましたし、今では一滴の水分も残さない乾燥した部屋を維持することが、私の安眠を守る最強の盾となっています。ゲジゲジみたいな虫は、私たちの住まいの脆弱性を的確に突いて現れるメッセンジャーのような存在であり、一時のパニックを冷徹な改善行動へと転換させる勇気こそが、本当の意味での平和な日常を取り戻すための最強の殺虫剤になるのだと私はあの日々の戦いを通じて確信したのです。
真夜中の寝室に現れたゲジゲジみたいな虫との遭遇戦