あれは蒸し暑い夏の始まりでした。いつも清潔にしているはずの我が家の浴室の壁に、数匹の小さな黒い虫が止まっているのを見つけたのが全ての始まりです。最初は気にしませんでした。しかし翌日、その数は倍になり、インターネットで調べて初めてそれが「チョウバエ」という厄介な存在だと知りました。ここから、私の長く孤独な戦いが幕を開けたのです。まず私が試したのは、ドラッグストアで手に入る殺虫スプレーでした。見かけるたびに噴射し、その場では確かにいなくなります。しかし、翌朝になると何事もなかったかのように同じ数のチョウバエが壁に鎮座しているのです。まるで私の努力を嘲笑うかのように。次に目を付けたのは発生源とされる排水溝です。強力なパイプクリーナーを何本も投入し、時間を置いて大量の水で流しました。これで根本解決だろうと高をくくっていましたが、結果は無情にも変わりませんでした。日に日に増えていくチョウバエに、私の心は焦りと苛立ちで蝕まれていきました。夜眠る前と朝起きて一番に浴室の壁を確認するのが日課になり、精神的にかなり追い詰められていたと思います。もう専門業者に頼むしかないのか。そう諦めかけた時、あるブログで「熱湯を毎日流し続ける」という原始的な方法を見つけました。藁にもすがる思いで、その日から毎晩、やかんで沸かした熱湯を火傷に細心の注意を払いながら排水溝に注ぎ続けました。最初の数日は何の変化もありませんでした。しかし、五日目を過ぎた頃でしょうか。明らかにチョウバエの数が減っていることに気づいたのです。希望の光が見えた瞬間でした。それからさらに一週間、熱湯作戦を続けた結果、あれほど私を悩ませたチョウバエの姿は、浴室から完全に消え去りました。この経験から学んだのは、諦めずに原因を探求し、地道な対策を愚直に続けることの重要性です。あの一匹もいない真っ白な壁を見上げた時の、あの心の底からの安堵感は、一生忘れることはないでしょう。