あれは築三十年の中古一軒家を購入して新しい生活を始めたばかりの冬のことでしたが、ようやく家族と落ち着いた時間が過ごせると思っていた私の安眠を奪ったのは天井裏から響いてくる不吉なトコトコという足音であり、その瞬間に私のねずみ駆除という孤独で凄惨な戦いの幕が上がりました。最初は古い木造建築特有の家鳴りだと思おうとしましたが、その音は明らかに生命の鼓動を伴っており夜な夜な私の頭上で繰り広げられる「カリカリ」という木材を齧る音に全身の毛穴が逆立つような戦慄を覚えたのです。私はパニックになりながらも手当たり次第に市販の粘着シートを数十枚買い込み屋根裏に敷き詰めましたが、翌朝期待して覗き込んだ私の目に飛び込んできたのは罠を巧妙に避けその上にフンを撒き散らして嘲笑うかのような奴らの足跡であり、相手の知能の高さと自分の無策さに激しい自責の念と屈辱を感じざるを得ませんでした。ねずみ駆除とは単に道具を置くことではなく、相手が何を求めどこに恐怖を感じるのかを予測する高度な心理戦であることを私はあの日々の眠れぬ夜を通じて痛いほど学びましたが、転機となったのは感情的な殺意を捨てて住宅の構造を冷静に観察し始めたことでした。私は懐中電灯を手に家中をパトロールし、キッチンの奥にある勝手口の僅かな歪みと屋外のガス管の引き込み口に数センチの隙間があることを突き止め、そこに金たわしを詰め込みコーキング剤で固めるという「物理的な出入国管理」を徹底したのです。さらに、家の中に一粒の食べかすも残さないという軍隊のような規律を自分に課し、生ゴミは毎晩完璧に密封して収集日まで冷凍庫に隔離する兵糧攻めを敢行した結果、あんなに執拗だった足音は次第に遠のき、ついに施工から二週間後には我が家に本当の静寂が戻ったのであり、あの日手に入れた安堵感は何物にも代えがたい人生の勝利のように感じられました。ねずみ駆除という経験は私に住まいのインフラを隅々まで把握する責任があることを教えてくれましたし、一時の不運を嘆くのではなく知恵を絞って環境をリデザインすることで平和は必ず取り戻せるのだという確信を私に授けてくれた貴重な通過儀礼となったのです。